いつものように乗り合わせた列車がトンネルに入って、窓の外が暗くなり、そして何時までたっても明るくならない。
普段ならば10分もすればトンネルを抜け出て目的地の駅に到着するはずなのだが、トンネルに入って20分以上経過するのにまだ窓の外は真っ暗なままだ。
列車はどこに向かっていくのか、はたまた列車もしくは主人公たちになにが起こったのだろうか。
というのがデュレンマットの「トンネル」のあらすじだ。
これに対してのデュレンマットが用意した結末は辛辣だ。
続く「失脚」は登場人物が多い密室劇であり、なおかつ登場人物には名前が与えられてはおらず、A、B、Cといったアルファベットの記号でしか指し示されていない。
しかしそれでも個々の人物は強烈な個性を与えられ、それゆえに記号化された名前と個性の乖離性が余計な夾雑物を含まない物語として語られる。
さらに続く「故障」は一章と二章に分かれているが、一章が問題編で二章が回答という位置づけであることなど考えずに純粋に奇妙な味の短編として楽しむことができる。
田舎町で一夜を過ごす事となった男が酒場でその町に暮らす老人たちと仲良くなり、老人たちがたまに行なっている余興に参加することとなる。
その余興とは裁判ごっこで、主人公の役目は被疑者だ。
老人たちは裁判官であり検事であり、一人は弁護士。検事は主人公の都会での生活の様子を聞き出し、主人公の生活の中で何かしらの犯罪性を暴こうとする。主人公は老人たちの会話に合わせて自分のことを語り、そしてついに主人公の犯罪が明らかにされる。
果たして老人たちが行なっているのは単なる余興なのか、それとも、法に裁かれることのない犯罪を暴き私裁を下すことなのだろうか。
最後の「巫女の死」は神話の真相を語り直すというミステリ仕立ての話。どの話も一曲ある話で、これまであまり翻訳されて来なかったことが不思議なくらい興味深い話ばかりだ。
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