冲方丁も版を変えるたびに作品に手を加える人のようで、今回も文庫化にあたって手が入っている。もっとも単行本の方は読んでいないのでどの程度改稿されているのかわからないが、まあ、それはともかくとして、実にすがすがしい小説だった。
主人公は渋川春海。知っている人にとっては有名人なのかもしれないが、多分あまり知られていない人物。それに対して、脇役に関孝和や水戸光国とほとんどの人が知っている人物を配置して、数学と天文学という江戸という時代のなかであまり焦点の当たらない分野を描いている。
『マルドゥック・スクランブル』のカジノ対決といい、今回の時代小説でありながら天文と数学の世界を描いているという部分といい、冲方丁という人は主流から少し外れた世界を描くとやたらと面白いものを書いてくれるという感じがする。
嫌な人間や悪人がほとんど登場せず、登場してもあまり描かれず、主要人物はみんな前向きで健全で、歳をとっている人間であっても若々しい。嫌な人間が描かれない。そこが読んでいてすがすがしい理由なのだろう。
どこまでが史実どおりでどこからが虚構なのかはわからないが、意外に思ったのが水戸光国という人物の描かれ方だった。水戸光国といえば真っ先に思い浮かぶのがテレビドラマの水戸黄門で、あれは史実ではなく多大な脚色が入っているのは判っているのだけれども、冲方丁の描いた水戸光国のインパクトは大きかった。で冲方丁もこの話だけで終わらせるつもりがなかったのか、水戸光国を主人公とした小説を今、書いているようだ。こちらも完成が楽しみである。
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