人の記憶をカートリッジ型の外部記録媒体に記録し、それを頭に付けたソケットに差し込むことにより自由にインプットすることができるようになった近未来、認知症を患った一人の老女の物語。
SFで使われるようなガジェットが登場し、物語の中で他人のカートリッジをソケットに差し込んで記憶を盗み見るという場面が登場したりしながらも、全くと言っていいほどSFではない作品だ。
かつて小松左京は、SFはあらゆるジャンルの小説と結びつくことができると語ったことがあったけれども、アンソニー・ドーアは同じ手順を踏みながら小松左京と全く正反対のことを行ったともいえる。
前作の『シェル・コレクター』は未読なのでドーアの小説を読むのはこれが初めてだったけれども、ドーアの紡ぎ出す文章はちょっと面白い。描く対象を邪魔しない文章とでもいえばいいだろうか。静かで、そして美しい。
認知症によって次第に失われていく記憶はカートリッジを通して他人へと渡る。その人が幸せだった時の記憶も不幸だったときの記憶も。読んでいてとても切なくなるのは自分のやがては老いて、記憶が失われていくからなのだろう。ドーアはその悲しみをそっとすくい上げているのだ。
期待したような話ではなかったけれども、手に取った瞬間に感じた、この本は面白いに違いないという感覚には間違いはなかった。
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