米国のラジオ局が行った、投票によるSF・ファンタジーのベスト100作品の中で『信ぜざる者コブナント』が58位に入っていたのに驚いた。でもっと驚いたのは二部作だと思っていたら2004年から「The Last Chronicles」として第三部が書かれていたことだ。しかもこちらは三冊目まで書かれていて四冊目が2013年に出る予定だ。過去の作品というわけではなくまだまだ現役の作品だということを考えるとベスト100に入っていても不思議ではない。日本では第一部の三冊、上下巻なので六冊だが、これが1983年に出版されたっきりで翻訳が途絶えてしまったので忘れ去られてしまったシリーズであることと比べると雲泥の差だ。
しかし、いくら現役の作品であるからといって、設定が設定だ。
ファンタジーは逃避文学でもあると言われているが、この本に限ってはファンタジーでありながら一般的な逃避になっていないところがきわめてユニークな点だ。
主人公はハンセン氏病を患って、右手の指を二本ほど失ったうえに全身の感覚も失ってしまった作家。さらには子供に病気が移るという理由で妻にも離婚され、子供と会う権利すら失ってしまう。ハンセン氏病に対する差別と偏見の為に、町を歩けば阻害され、家から一歩も外に出ずに済むように食料の宅配すら勝手に行われる始末だ。もちろん最後のやつは親切心からではない。主人公が町を歩き回られては困るから宅配を勝手に行っているのだ。
ある時、社会から隔離されることに対して抵抗するために町へ出たところで交通事故に遭い、主人公は異世界に飛ばされ、そこで主人公は魔王と名乗る存在から、この世界の王達にメッセージを伝えることを強制させられる。
主人公が飛ばされた世界はいわゆる剣と魔法の世界。そして主人公は右手の指が三本しかないことと、この世界に存在しない白金で作られた結婚指輪を持っていることから伝説の英雄の再来としてもてはやされる。
しかし、この小説が他のファンタジーと大きく異なる点は、主人公が最後までこの世界を否定する点だろう。英雄の再来と奉られ、使いこなすことはできなくても強力な魔法を使うことができる。しかもこの世界の持つ魔力のおかげで失われた全身の感覚も取り戻すことができた。自分が英雄であるかどうか悩みはすれども、この世界の存在を受け入れるのが普通かも知れないが、主人公はこの世界を信じようとはしない。自分は夢を見ているのだと思い続ける。英雄であろうともしないし、自ら進んで魔法を使おうともしない。この世界を受け入れてしまえば、元の世界の戻ったときに絶望してしまうからだ。希望を持たなければ絶望する事もない。戦わなければならない時でも戦おうとはしない。
とことん自分の中に引きこもり続ける主人公の物語は辛辣で暗く、読んでいてカタルシスなど全く得られない、ファンタジーの極北に位置する作品だが引き込まれてしまうだけの魅力に満ちている。
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