『ムーミンパパ海へいく』トーベ・ヤンソン

題名だけ見ると、ムーミンパパが海へ行って何か冒険する話のようなものを想像するけれども、海へ行くのはムーミンパパだけではないので、正確にいうならば『ムーミン一家海へいく』になる。
しかし、こう書くと海へレジャーをしに行くような話に思えてしまうのでこの題名でも駄目だ。
今回はムーミンパパが自分の威厳を保たせるために、住み慣れたムーミン谷を捨てて、何処とも知れない海に浮かぶ島へ一家総出で引っ越してしまう話なのだ。
自分のプライドのために勝手に引っ越しを企ててしまうなんて、家族としてはたまったものではない。で、灯台のある小さな島へ引っ越しして全てがうまく行くのかといえばそうでもない。ムーミンパパはひたすら威厳を保つ為に涙ぐましい努力を積み重ね、ムーミンママは自分の心の平穏を保たせるためにムーミン谷の世界を壁に描いて虚構の世界に身をゆだねる。ムーミントロールはというと反抗期になったのか、ムーミンパパのことを「おやじ」と呼んだり、家族から離れて一人暮らしをする始末。
唯一変化の無いのが、ムーミン一家の養女となった設定のミイだけだ。ミイだけは確固たる自我を持ち得ているのでどのような情況におかれてもひたすら皮肉屋で居続ける。
しかし、一番悲惨なのはこの本を読む子供達だろう。ムーミンパパの勝手な行動であやうく一家離散な目に陥りそうになる話を童話として読まされるのだ。無論、父親だって一人の人間なのだから、悩むことも挫けることもある。しかし、そんなものは現実の世界だけで十分で、せめて物語の世界の父親は家族を守る強い父親であって欲しいものであるが、トーベ・ヤンソンはそんな逃避など許さない。情け容赦のないところが凄いよ、まったく。
短編、「ニョロニョロのひみつ」ではスタニスワフ・レムばりのコミュニケーション不能の存在の話を書いたけれど、今回もなんと、ムーミンパパは海とコミュニケーションを取ろうとするのだ。もちろんコミュニケーションなど取ることなどできなく、失敗に終わるのだが、もはやここまでくるとトーベ・ヤンソンの圧倒的な描写にただただひれ伏すしかないように思える。

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