ここ数年、SFを重点的に読んでいたので、ミステリーの方がおろそかになっていた。
学生のころはSFとミステリーをまんべんなく読んでいたのだが、それでも、SFばかり読む時期とミステリーばかり読む時期と、周期があった。しかし、そういうふうに周期的な読み方が出来たのも、既刊の未読の本が大量にあったためで、そのうち既刊の未読の本が減り、新刊を待つしかない情況になると、SFばかり読んだり、ミステリーばかり読んだりすることが出来なくなってきた。
ここ数年、SFを重点的に読むことが出来たのは、古書に手を出したからで、未読だったSF小説を買いあさっていたからだ。しかし、それも一段落しつつある。バルガス・リョサの『世界終末戦争』を読んだあたりからなんだか、冒険小説が読みたい気分が高まり、ミステリーを読み出す周期に入った感じもする。無論、そう思っているだけかもしれなくて、やはりSFばかりを読むことになるかもしれないが、一時的にせよミステリーに興味が移ったおかげで、この本を読むことになったのは、運が良かった。
スウェーデンが舞台となるミステリー。
主人公の警部は傷害罪で捕まえた人物は、六年前にアメリカで、刑務所にいるときに病気で亡くなった男だった。彼はガールフレンドを殺した罪で死刑の宣告を受けていた。そして刑の実行一ヶ月前に亡くなったのだ。というのが発端。
死刑囚である以上、生きて刑務所から出る機会はない。では彼はどのようにして生きたまま刑務所から出ることができたのだろうか。ジャック・フィニィの『完全脱獄』のような脱走物なのかと思うのだが、どのようにして刑務所から出ることができたのかに関しては物語の中盤付近で明らかになる。囚人ではなく死刑囚を刑務所から出すのだから、難易度は遙かに高いのだが、脱走物としてのサスペンスという方向へとは物語は行かない。
スウェーデンは死刑制度がない国で、アメリカは死刑制度のある国である。そしてスウェーデンはEU加盟国として、他国の犯罪者であったとしても、死刑となることが明確な場合は犯罪者の受け渡しはしないと宣言している。一方、アメリカは死刑囚が脱走していたという失態から威信を取り戻すために、死刑囚の引き渡しを求める。ここで物語はサスペンスミステリーから一気に、大国と小国との間の政治的な物語へと進み出す。小国は大国に屈するのか、屈した時点でスウェーデン政府は自国民に対する信頼を失ってしまう。
さらには死刑囚は実は無実で、えん罪で死刑の宣告を受けていた可能性が高いという事実が浮き上がってくる。
死刑囚を捕まえた主人公の警部はどうするのか、スウェーデンはアメリカに屈するのか、死刑囚は無実なのか、そして助かるのか。
死刑という制度を中心に、よくもまあ、ここまで様々な要素を問題提起して複雑化させたものだと思いつつも、どうも、どの要素からも均等に距離を置いているのが気になった。悪くいえば、無難にまんべんなく書き込んだ優等生的な書き方だった。それがこの作者の欠点なのかなと思いつつも、ここまで書かれていれば十分かなと思ったいたら、終盤でひっくり返されてしまった。いや、驚いたのなんの、作者が書きたかったのは終盤のこの部分だったのだ。作者が書こうとしたのは脱走サスペンスでもポリティカルミステリーでもえん罪ミステリーでもなかったのだ。どうりで、こんな書き方だったわけだと納得した。
これは前作、前々作も読まなければいけないなと思ったが、それ以上にこの作者の新作も是非とも翻訳してもらいたいものだと思った。