著者はトーベ・ヤンソンの小説を読みたくってスウェーデン語を勉強し、そしてムーミンをはじめその他のヤンソンの小説の翻訳をするにまで至ってしまったのだから、好きこそ物の上手なれを見事に体現している。
わたしがムーミンと出合ったのは岸田今日子が声を担当したアニメ版のムーミンだった。どこか不気味な話の多かったムーミンは好きなアニメの一つだったわけで、わたしにとってのムーミンは長い間、アニメのムーミンだけだった。
小説のムーミンに手を出したのはそれからかなり経ってからなのだが、数冊読んでそれで止まったままでいる。別に小説のムーミンが嫌いというわけではない。なんとなく、今さらムーミンでもないだろうという気がしたのでそれ以上読むのを止めてしまったのだ。
そこからトーベ・ヤンソンのムーミン以外の小説を読むに至るまではさらに長い時間が必要だった。なにしろトーベ・ヤンソンがムーミン以外の小説を書いていることも知らなかったのだ。筑摩書房が『トーベ・ヤンソン短篇集』を文庫で出して、初めてトーベ・ヤンソンがムーミンだけの作家ではないことを知った。わたしはその本を読んでヤンソンの魅力に再び引きずり込まれたのだが、それでもムーミンの未読の小説を読んでみようという気持ちには至らなかった。ある意味ヤンソンの、ムーミン以外の小説に魅了されてしまったというわけでもあるのだが、今回、『ムーミンのふたつの顔』を読んで、自分はムーミンの小説を読んだとき、ムーミンの一つの顔しか見ていなかったことに気付かされた。多分わたしはまだ、ムーミンの一方の顔しか見ていない。
今さらムーミンではなく、まだまだ私にはムーミンは早すぎたのだと思った。
『ムーミンのふたつの顔』冨原眞弓


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