欠けた林檎

僕の好きなアップルってのはジョブズがいなかった時のアップルで、まあようするに、一番駄目だったときのアップルが好きだったのだ。
これって一種の判官贔屓みたいなもので、というかそれ以外の何物でもないのだけれども、マイクロソフトの独占状態が気に入らなかったせいでもある。
だから、ジョブズがアップルに戻ってきて、imacやらipodやら「i」なんたらを出し始めたとき、それはそれでちょっとわくわくするような代物だったけれども、「i」なんたらの「i」って「internet」の「i」だとはなっているけれども、ジョブズの独裁的な情況を見てみると「i am」の「i」つまり「俺様」の「i」なんじゃないかと思うようになった。
だからi(俺様の)mac、i(俺様の)pod、そしてi(俺様の)phone。全部ジョブズが理想としたガジェットだ。
確かにガジェットとしては面白いけれども、どうも僕の理想とするガジェットとは少し違う。他人が理想とした代物なんだから自分の理想と違っていても当たり前なんだけれども、そのガジェットには僕の求める自由度が足りない。なんだか少しずつこの世界が白くて丸っこいブロブのようなもので満たされていく様は、この世界がジョブズが決めた世界になっていってしまうようで好きではなかった。
ジョブズが見せてくれたガジェットはまるで魔法のようなもので、それをもう見ることができないのは少し寂しいけれど、僕にとってはこの世界が少し風通しが良くなるような気がする。
多分、世の中は少し欠けているくらいがちょうどいいのかも知れない。
少し悲しいけれど。

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