魅惑のビーム

本の感想のようなものをブログに書いていると時々、そのことに関してコメントを頂き、そして別の本をおすすめされることがある。
とっつきにくい文体で記事を書いているのでそもそもコメントを貰うことというのが少ないのだが、そういうとっつきにくいブログにわざわざコメントをしてくださったのだから、そこでおすすめされた本くらいはせめて読んで見ようという気持ちは本当はあるのである。
しかし、未読の本も多い。本を読むというのは一期一会であり、できることならば最良の形で出会いたいという気持ちもある。ではその最良の形というのは何時なのか、どういう状態なのかとい問われると返答に困ってしまうのだが、どんなに面白い本であっても、読みたいという気持ちは日によって異なる。なんとなく漠然としているが、今だ!と感じる時があるのだ。
以前にも書いたことがあるけれども、本を読むということは僕にとっては、実際に本を読むことだけが全てではない。その本を読みたいと感じた時から、本を読むという行為は始まっていて、読み終えたあとも続く。それは人生の中の一つの行為であって、ここから先が本を読むという事なのだというように区切ることは難しい。
そんなわけだから、本の感想ひとつをとっても、その内容に関してだけではなく、それに付随する部分もブログに書きたくなる。
僕としてはそういう部分にはあまり気がついていなかったのだが、そういう部分が面白いと感じてくれた人もいた。
前置きが長くなってしまったが、この本はその人からおすすめされた本である。4年半近く昔のことだ。
おすすめされておきながらも4年半もそのままにしておくなんてとんでもないやつだと思う人もいるかもしれないが、僕の本に対するスタンスというのは先に長々と書いたスタンスで、その時が来るまで待つタイプなのだ。なので、実際にこの本を読むのに費やした時間は1時間程度だったのだが、僕にとってはこの本を読むのに費やした時間は4年半という時間なのである。それだけの時間を費やして読むだけの価値はある本だった。
こがわみさきという漫画家の存在を知ったのはこの時だったけれども、おすすめされた本は絶版状態だった。その後新作が出た時に新作を読んでみたので、この作者がどういう作風なのかというのは知っていた。おすすめしてくれた人が慧眼だったのだろう。僕好みの本だった。
『魅惑のビーム』は初期の作品で、まだ絵柄も安定はしていないのだが、その危うさが主人公達の微妙で繊細な感情とうまくマッチしている。
そういう点では絶妙のバランスの上に成り立っている作品群でこれはこれで卑怯だなあと思いつつも、4年半という時間を費やさなければ受け止めきれなかっただろうという気持ちもある。

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