ふたりの会話はいつの間にか出会った日に近づいてゆき、莉菜はなによりそれが面白かった。
本を読むということはそこに書かれた自分の知らない世界を知ることでもあるが必ずしもそれは知識を増やすということではない。
特に小説のような場合、知識を得るというよりも自分の知らない世界を知るということそのもので、なおかつ自分では思いつかないような言葉使いを知るという楽しみがある。
冒頭で引用した文章などはそうだ。おそらく僕が10回くらい人生をやり直したとしてもこんな文章など紡ぎ出すことなどできないだろう。
一人の女性の人生を、彼女の視点で描かすに、彼女の友人、親、あるいは彼女に関わった女性のそれぞれの物語を描くことによって浮き彫りにしたのが桜木紫乃の『蛇行する月』だった。
『ブルース』はこれの男性版ともいえる構成になっている。
影山博人という男と関わった8人の女性の物語が描かれていくのだが、それぞれの物語の主人公は影山ではなく女性の方である。影山はあくまで彼女たちとかかわり合いを持った一人の男でしかない。
しかし、彼女たちに強烈な印象を残す。
まず、彼自身の身体的な特徴がある。それは両手に生まれつき6本の指をもっているということだ。それゆえにか、彼は女性を悦ばせることに長けており、どの話にもそういう場面が描かれる。かといって肉体関係に終止しただけの関係なのかというとそんなことはなく、彼自身は彼女たちとの関係にあっさりとしている。一時期だけ関わり合いを持ってそして去っていくのである。若い頃は真面目な職業についていたのだけれども、途中から怪しげなことを生業として生きるようになる。ようするに悪なのだが、一方で不思議な魅力を持っている。それぞれの物語が進んでいくに連れて彼自身の姿というのも少しづつ明らかになっていくのだけれども、とらえどころがない部分も多く、どういう人間だったのかというのは最後まで謎である。謎であるがゆえにいい男なのだろう。
登場する女性たちは必ずしも幸せというわけではない、時として不幸でもある。でも影山博人とか変わった彼女たちの人生はそれはそれで良かったのではないかと思えるのだ。
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