切れ者キューゲル

出版先は国書刊行会なのだけれども、思っていた以上に早く二冊目が出た。
かつて久保書店が出していたQTブックスから出ていた、現在は電子書籍化されているけれども、『終末期の赤い地球』と同じ世界を舞台とした<切れ者キューゲル>シリーズの最初の物語が翻訳された。
これまたかつて、第一話だけが翻訳されてアンソロジーの中に収録されたことがあったが、あの当時はまさかここまでジャック・ヴァンスの作品が翻訳される時代が来るとは予想もしなかったので、第一話だけ翻訳されてもそれはそれで嬉しかったのだが、あれから13年、その続きを読むことが出来るとは感無量というしかない。
『終末期の赤い地球』のほうは登場人物が毎回異なるので、どちらかといえばヴァンスの描く奇妙な世界を楽しむものであったのだが、こちらは自称、切れ者のキューゲルという男が主人公なので、ヴァンスの描く奇妙な世界とキューゲルという主人公の外道さ加減も同時に堪能することが出来る。
切れ者という割にはあっさりと奸計に落ちるし、時として暴力で解決するし、困難に対して知力で乗り越える人間ではない。そして自分さえ助かれば他の人間は平気で谷底に突き落とす外道でもある。
それでいて憎めないのは、やはりあっさりと騙されて損ばかりしているからかもしれない。
その一方で、必ずしも損得勘定だけで動いているわけでもなく、他人を蹴落とさなくても自分が助かるかもしれない状況であれば他人も助けようとするし、もっとも、これはこれで良心的な行為ななのかといえばそうでもないのだが、ときおりそんな予想外の顔を覗かせたりもする。
まあ、一番ひどいのはそんな物語を何食わぬ顔をして書いている作者、ジャック・ヴァンスにほかならない。
ジャック・ヴァンスの魅力が充分に満喫できて、そしてファンタジー小説のスタンダードでもある行きて帰りし物語であり、悪者が主人公であるピカレスクロマンであり、最後の最後のオチを含めて完璧としか言いようがない。
とくにあのオチは最高である。

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