ずいぶんと聞きなれない名前の作家だが、ナイジェリアの作家だ。
過去に翻訳された作品が何作かあったけれども僕も今回の文庫化で初めて知った作家だった。
300ページちょっとのページ数で1242円という値段を考えると本の値段もずいぶんと上がってしまったものだろうと思う。もっともこれはしかたのないことなんだけれども。
それはさておき、アフリカを舞台とした作品は読んだことがあるけれどもアフリカ出身の作家の物語というものは読んだことがない。どんな物語を書くのだろうという興味を持ちながら読んでみるといい意味で裏切られた。
表題作の「なにかが首のまわりに」は「きみ」という二人称で語られる物語だ。一人称でもなく三人称でもない、二人称という語りを選んでいるという時点で耳元で語られているかのような錯覚を覚えるような語りなのだが、ナイジェリアからアメリカにやってきた女性の物語、そして様々な人との出会いがありながらも孤独であるという事実が浮き彫りになっていく構図がより痛ましく感じられる。
描かれるのはナイジェリアに限らずどこの国でもありうる普遍的な悩みでその語りの隙間にナイジェリアという国が抱え持つ問題が挟み込まれる。このバランス感覚がすばらしく、無理にナイジェリアという国に憂いを感じさせるわけでもない。
ナイジェリアにおける年金問題や偽薬問題をあつかった「ゴースト」はそういった社会問題の話で終始するわけでもなく直接の物語は亡くなった妻が主人公のもとを訪れてくるという切ない話だ。
とはいえども「アメリカ大使館」のようにアメリカの大使館にビザの申請をするために行列に並ぶ主人公の現在と過去がフラッシュバックして描かれる短編などはナイジェリアの切実な内容が描かれている。
「明日は遠すぎて」は兄の謎の死を追うというミステリ形式の話でその意外な真相を含めてミステリとしても面白いが、真相の部分がナイジェリアという国の文化に深く関わっている。
どの話も、ここではないどこかを求める物語だ。そして登場人物たちはそのどこかにたどり着くことはない。
『なにかが首のまわりに』チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

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