船戸与一の小説は読むけれども、船戸与一のノンフィクションを読むのはこれが初めてだ。
ただ、僕は船戸与一の熱心な読者ではない。というのもやはり船戸与一の物語は重いからだ。
で、船戸与一の物語が重いのと同じくらいに船戸与一のノンフィクションも重かった。
ここではキューバ、メキシコ、中国、クルディスタン、イタリアと言った国々における国家による犯罪と、国家に対する犯罪の二つの側面が描かれる。
この本が書かれたのは今から10年以上も昔のことでありだから、ここに描かれていることは今の現状ではないのだが、だからといって古びているのかというとそんなことはまったくない。それは情報を単純に羅列しただけのものではなく船戸与一というフィルターを通して描き出されたものであるからであり、船戸与一のフィルターは今も古びていないのだ。
例えば中国という国に対して船戸与一はこう語っている。
人口十二億。面積九六〇万平方キロ。 こういうところを単一権力が支配していることが異常なのだ。中華人民共和国が抱えている矛盾はすべてこのことから発していると断じても絶対に過言ではない。
そして中国という国が十二億という人民を抱えていたとしても、その大多数は農民で、そして彼らは食べること、働くことに対して常に飢えている。だから中国という国は本質的に常に拡大し、成長を続けて行かなくては内部から食いちぎられていくしかなく、そして、それは中国という国だけが抱えている問題ではない。というのは中国という国が崩壊すれば、飢えた農民たちは他の国へと流れていくからだ。そしてそうなった時、諸外国は中国から流れでた数億もの人間を食い止める術はない。
作中で引用されているエルネスト・チェ・ゲバラの言葉が印象的だ。
わたしたちは、バティスタ軍のためにどれだけ泣いたか知れない、お婆さん、今度はあなたたちが泣く番なのだ。
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