谷山由紀というと僕にとっては『天夢航海』を書いた人であって、僕がこの小説のことを知ったのはかなり遅かったので、この本のレーベルであるソノラマ文庫もすでに消滅していたし、そもそも『天夢航海』そのものも絶版状態で、古書を手に入れるのにちょっと苦労した記憶がある。で、手に入れたら手に入れたでしばらくして近所のブックオフで100円で売っていて、まあ世の中なんてそんなものだなあと思ったりもしたのだが、谷山由紀はソノラマ文庫以外の場所で活動をしてはいなかったようで、いくら『天夢航海』が面白かったとはいえども、それ以降、新作を読むことなど叶わぬ願いだった。
……のはずだったけれども、商業出版としての発表の場所は無くなっても谷山由紀は書き続けていたようで、電子書籍としてこうして新作を読むことができたのはありがたい。と同時に絶版だった三作品『天夢航海』『コンビネーション』『こんなに緑の森の中』も電子書籍で復刊したので今ならば苦労せずともすべての作品を読むことができる。
で、今回の新作は全十編の短篇集で、少し不思議で、どこかせつなく、そしてやわらかな作風は依然として変わりはなく、短編だということで物足りなくもあるけれども、しかし、短編だからこそバラエティ豊かな作品集となっていて、こういう言い方もなんだけれども古き良きジュブナイルの良品という感じで、自分の中だけに置いておきたい気持ちにさせられる。
印象に残ったのは「七番目の朝」と「福猫」で、前者は七回転生した青年が何故七回も転生したのかという謎を探し出す物語で、寓話的な話ではあるけれども、一世代ずつ自分の前の人生の記憶を取り戻しながら、最後に辿り着いた記憶と主人公が出した結論が切ない。
「福猫」は家庭をかえりみなかったせいで離婚するはめとなった男が語り手。月に一回、娘と会う決まりとなっているが高校生となった娘はもう父親になびくこともなく、会っても会話らしい会話をすることもなく気まずい状況が続く。そんなあるとき、娘は、今度会うときはお父さんの手料理が食べたいと言ってくる。主人公はどんな料理を作ろうか色々と思案するなか、別れた妻から電話がかかってくる。その内容というのは、彼の娘が手料理を食べたいといったのは父親を困らせるためで、当日になって用事ができたといって会うのをキャンセルするはずだから料理の準備などしなくても構わないという内容だった。主人公はそれでも料理を作って娘が来るのを待つのだが、約束した時間に娘はやってこない。約束時間ととうに過ぎて娘から、急用が出来て来れなかったという電話が来るのだが、娘は父親に料理を作って待っていてくれたのか尋ねる。そこで主人公は、娘に余計な後ろめたさを感じさせないために、料理はやっぱり作れなかったので外食するつもりだったと答えるか、それとも、娘との約束を守ったことを理解してもらうために料理を作って待っていたと答えるか逡巡する。ここで物語りが終わればリドルストーリとなっただろうけれども、谷山由紀は最後まで描く。そして主人公の出した結論は、傷つけあうことでしか触れ合うことの出来ない家族の切ない答えでもあるのだった。
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