非常に眠い。
会社を休もうと思うくらい眠い。もちろん会社は休むのだが、家で寝込むわけにはいかない。
実家で睡眠をとらせてもらうことも考えるが、妻が実家の近所を通ったときに、私の車を見つけてしまうとまずい。
ネットカフェに行って休むことにする。
栄養ドリンクとスナックバー、そして野菜ジュースを買い、書店で「統合失調症 治療・ケアに役立つ実例集」を買う。
ネットカフェでこの文章を書きながら、あの日あの時、妻はネットカフェでどんな気持ちで思考盗聴について調べごとをしていたのだろうかと思い、妻が不憫になった。
自分の信じる情報だけをピンポイントで調べて妄想を充実させる妻に、パソコンの使い方とインターネットでの検索のしかたなど教えなければよかったと何度か思ったのだが、こうしてこんな文章を書いている自分と照らし合わせると、妻の病気に対して、本当はよくないことなのかもしれないけれども、あの日あの時の妻にとっては救いになったのだろうと思った。
時のたつのが意外と遅くて助かる。
妻から、コンサートの応募に外れたけれど、特別価格というのがあるから高速バスの時間を調べて欲しいとメールが来る。
一瞬、入院予定の日だったんじゃないかと愕然とする。
妻が楽しみにしているのだから、予定を第二候補に延ばしてもいいかもしれないなあと思って日付を確認するとコンサートは第二候補の日だった。
なんということだろう。神様、意地が悪すぎです。
連休中で無かったならば病院へ連絡して第三候補をお願いし、妻の楽しみを奪うことなどしたくなかったのだが、あいにく連休中で連絡が取れそうも無い。
交通手段が無いことを説明してあきらめてもらうしかない。
ネットで情報を調べていて、医療保護入院と保護室に関して自分が甘く見ていたのに気づかされてしまった。
おそらく妻は、かなりのショックを受けることになるだろう。
やはり駄目であっても強制ではなく、自発的に入院して欲しい、もしくは病院へ行って欲しいと頼むことが妻のためかもしれない。
強引に入院処置などせず、恐れずに妻と会話をすることが妻のためではないのだろうか。
ここ数日、妻と一生懸命会話をし続けてきたのだ。
とりあえず後二日猶予がある。
帰宅途中、良い方法を思いつく。
コンサートに行かせてあげることを条件に、病院へ行ってもらう交渉をしたらどうだろうか。
とりあえず入院の方向は無しということでだ。
物で釣るようで卑怯な気もするが仕方がない。そう考えると神様が意地悪をしたのではなく、手助けをしてくれたんじゃないかとも思うことができる。さっきまでは恨んでいたのに、まったく持って自分はいい加減なやつだ。
食事をし、風呂に入り、そして二人でテレビで放映されていた『おくりびと』を観ていると、何かいつもと違うことに気がついた。
妻が普通なのだ。
ぴりぴりするとか、「脳が変」とか「音がする」とか、何も言わないのだ。普通に映画を観て、普通に会話をして、時々くだらないことを言う。あまりにも変だ。
私に心配かけさせまいと我慢しているのだろうかとも思ったのだが、思ったことはすぐに口に出してしまう妻にそこまでの自制心があるとも思えない。
映画を見終わって、体の具合はどうだと恐る恐る聞いてみる。
「おなかの辺りの筋肉が痛い」
そんなことはどうでもいい。いや、それはそれで心配なのだが、よくもまあこちらの想像の斜め上をいく返答をする妻だ。
「いや、それは初仕事で緊張してそのあたりに力が入りきってしまっていたからその反動で痛いんじゃないかな。それもそうだけど、ぴりぴりしているのは少しは楽になった?」
会話ひとつとっても、ものすごく神経を使う。
「言われてみれば足の辺りがぴりぴりしている感じがしてきた」
「ああ、ごめん、変なこと思い出させちゃったかな」
私の心拍数も上がる。
「コンサートのことで頭がいっぱいだったから気にならなかったわ、ぴりぴりは……よくわかんない」
ひょっとして陽性症状が治まってきたのだろうか。リスペリドン1mgだけでそんなに効果があるとも思えないのだが、とりあえず睡眠はとることができるようになっているわけだから、少しは改善されてきたとしても不思議ではない。
昨日は薬を飲まなかったので、今日は飲んでもらおうとなだめすかし、お願いし、頼み込むが拒否される。
眠れるようになったし、飲むと頭がぼやっとして体が思うように動かないから嫌らしい。
糖尿病の人がインスリンを飲まなければいけないようにと、今日読んだ本の受け売りをわかりやすく説明しようとしたのだが、妻の頭には難しすぎたのか聞いてもらえない。粉末状にして寝ている間に口の中に入れてやろうかとも思ってしまったが、これも困難だ。
自分用に処方してもらった精神安定剤を妻に隠れてこっそり飲む。
布団に入ってから、妻に、いま通っている病院は、行きたくなければいかなくてもいいよと言う。
妻は義母に、病院は数箇所行ってみなさいと言われたらしく、だったら、今度は脳波を調べてみてもらおうよ、と切り返す。
脳波を調べることに妻は少し興味を持ったようだ。
木曜日に日は入院ではなく、検査という形で病院へ連れて行くことができるのかもしれない。そう思った。
その後、ひたすら、何があっても裏切ることなどしないと妻にいい、そしてお前のことが心配で心配で仕方がないと言い続ける。うそ偽りのない言葉だ。
妻は、「○さんのことは私が守ってあげる」と言ってくれる。
最近妻は良くこの言葉を口にする。
経過報告17
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